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診療報酬改定と介護療養型老健報酬から見えてくるもの
  (協会機関誌LTC第59号2008.7掲載)  
 

日 本 療 養 病 床 協 会
会長 武久 洋三

 
 

 平成20年3月13日、日本療養病床協会の総会に於いて、厳しい環境にも係わらず7年半にも亘り懸命に頑張ってこられた木下会長が勇退を表明され、次期会長に私を推薦され満場一致で承認頂いた。しかし、経験が十分とは言えない私にとって、平成21年度の介護報酬改定、そして平成22年の診療報酬改定と、更なる厳しい将来への責務は大変重いものがある。省益優先とはいいながら、あえて療養病床や慢性期医療の必要性を軽視する意向を示した厚労省担当課に対し、木下前会長は抵抗しようとも「大勢に利あらず」の心境ではなかったかと察する。確かに、社会保障費2,200億円の削減方針のもと、急性期医療の崩壊を目の当たりにして、慢性期医療には構っていられないという20年改定であった。そのあまりにも実体を無視した改定に対し、新執行部は返って闘志をみなぎらせている。

 新しい体制が承認された3月13日の総会において、私から会の名称を日本慢性期医療協会へと改めるという提案をした。既に昨秋の常任理事会で全員一致で決議していたが、総会の承認を受ける必要があるため、次回7月2日福岡大会前日の総会議案とすることに満場一致で承認を得ることができた。我々は発足当初から真摯に慢性期医療を実践してきているが、会の名称は厚労省による病床種別名の変遷により、1992年「介護力強化病院連絡協議会、」1998年「介護療養型医療施設連絡協議会」、2003年「日本療養病床協会」と3回も変わっている。そしてまた、療養病床という名前もスケープゴートにされている被害者意識が強く感じられる。病床種別名が変わるたびにその名前を冠としている以上、今後も制度に翻弄され、会の名前も二転三転せざるを得ないことは誠に屈辱的である。そこで、本来に立ち返り、我々が希求してきた「良質な慢性期医療を行う」という理念に基づき、「日本慢性期医療協会」という名称を提案するところとなった。

 3月13日の総会決議については、やがてマスコミの知るところとなり、メディファックスやジャパンメディシンの記事からも業界に明らかとなった。3月25日には、会長の私をはじめ4名の副会長および事務局長の6人で、4月からの新体制として、関係各位に就任あいさつに回らせて頂いた。挨拶先では多くの皆様に暖かく励まされ、激励のお言葉を賜った。日本慢性期医療協会という新しい名称についても概ね好評であり、特に厚労省から文部科学省出向中の三浦前老健課長には「よい機会によい名前を提案された」との評価を頂き、志を新にしたものであった。

 そして中川副会長の発案により、4月1日には福田康夫自民党総裁への緊急要望書の提出となった。4月1日という新体制になったその日に、会としての明らかな姿勢を示しておかなければならないと、新執行部が強く感じたことからの行動であった。緊急要望書については、本紙2008年4月号に掲載されており、また当協会のホームページにも出ているので、会員の皆様はすでにご承知のことと思う。奇しくも我々が緊急要望書を提出した後より、高齢者を中心に後期高齢者医療保険についての反発が急に強まり、マスコミも連日のように問題点を抉り出すこととなっている。当協会としては、昨年、平成19年4月12日にも「後期高齢者医療体制への7つの提言」という形で、すでに後期高齢者医療保険への反対の意志を表明しており、本年4月1日の更なる意思表示により、会としての確固たる方針を貫いた。残念ながら、保団連以外の各医療団体については、明確な反対の表明を確認していない。日本医師会も賛成の姿勢であり、各都道府県医師会の反対の意向との齟齬が明らかとなっている。昨年4月の提案の冒頭で述べたように、基本的人権の守られるべき日本で年齢により医療に差をつけることなど、まさに憲法違反ともいえよう。本年3月11日に自民党の療養病床問題を考える国会議員の会で私がヒアリングを命じられたときに、「人の命よりまず道路でしょうか?道路ができてアクセスが良くなっても、行き着いたら病院はなくなっていました…ということでよろしいですか?」「みなさんの介護は、将来誰にしてもらうつもりですか?」という2つの短いキャッチフレーズで訴えたところ、会場からは「解りやすい」と評価の声を多く頂いた。民主党は勿論、自民党や閣僚の中からも2,200億円の社会保障費削減の中止や後期高齢者医療保険の見直しの意見が多く聞かれるにも係わらず、政府の基本方針は変わらないようであり、一体どこを向いて政治を進めているのか首をかしげざるをえない。

 しかし、いち早く緊急要望書を公にしたという点では、会の存在感を示すことができたと少し安堵している。しかし、これからますます厳しい戦が待っている。当会は決して圧力団体になるつもりはないが、現場を正しく反映した国民のための医療体制にするためにますます頑張らなければならないと覚悟している。おおよそ「療養病床の再編」自体が、会長就任あいさつとして本紙2008年4月号に書いたように、小泉郵政選挙大勝後の経済財政諮問会議の、何が何でもの医療費抑制政策、混合診療の解禁と医療費のキャップ制に対する当時の尾辻厚労大臣の解答に端を発していたのである。

 それまでの厚労省は、慢性期高齢者の入院環境は良くする必要があるとして、一般病床の約1.5倍の病床面積や広い廊下幅などを推奨し、療養環境加算をつけて、病院の増改築をしきりに勧めていたのである。然るに、尾辻元大臣の「平均在院日数の短縮」と「特定健診による予防」という、経済財政諮問会議に対しての2つの約束という解答を実現するため、突然に平成17年10月から11月にドラスティックな改悪が厚労省内で秘かに話されたに違いない。そして皆様がご存知のように、平成17年の12月にふってわいたような騒ぎとなったのである。平均在院日数を短縮するためには、当然、長い部分を算定から外してしまえばよいわけである。それまで慢性期高齢者へのより良い環境での療養を推奨していた勢力に対し、療養病床の実体が診療報酬の包括性ゆえに「軽症の患者を多く入れる方が得だ」という一部の病院の姿勢に疑念を抱く部門が中心となって実態調査を行ったのが、平成15年であった。これは中医協の慢性期入院医療の包括評価調査分科会の池上教授を中心として行われたものであり、この時点からかなり恣意的な手法が取り入れられていたことからも、「療養病床には社会的入院が多い」という解答を抽出するための調査であったことは間違いない。平成17年秋にはこの結果が出ていたこともあり、平均在院日数の長い医療療養病床を大幅に削減し、返す刀で介護保険料高騰の一因でもある介護療養型医療施設を病院から施設に変えてしまうという蛮勇を振るったということである。

 この決定は、当時の厚労省の官僚トップが省内の関係者に対し、上意下達の決定として指示されたのであろう。ここに「療養病床再編」という美名の下の高齢者医療費削減こそが医療費を大幅に削減し、かつ、平均在院日数の短縮という約束の履行に合致したものであったわけであろう。そして、「地域ケア・療養病床転換推進室」「医療費適正化対策推進室」という2つの特設室を緊急に作り、がむしゃらに療養病床削減というテーマに邁進しているわけである。そして、平成19年度末に各都道府県に医療費適正化対策推進室から命令して、各都道府県の医療費適正化計画を作成させているが、なんと「療養病床さえ減らせば医療費は下がる」というような短絡的なスキームとなるように指導されている。本気で医療費を削減するならば、まずもって急性期の医療体制を変えることが必要であろう。急性期病院での高齢者のターミナル治療は1週間で100万円以上かかるというし、慢性期高齢者の脱水、肺炎、低栄養、褥瘡まで救急車で高度急性期病院に行けば、DPCで1日約6万円もの治療費が必要となる。治療法がとっくの昔に確立している一般的疾病についても、高度急性期病院での治療が必要であろうか。まさにそういう患者を療養病床が引き受ければ、医療費は大幅に削減される。高度急性期病院も、治療期間の長引くこれらの高齢者の入院は、他の緊急患者の入院を妨げるものとして望まないものの、一部の公的急性期病床の多い地域では、空床対策としてむしろ進んで受け入れていたりする。こうなると、医療費は4倍以上にもなるのである。本当に医療費を削減したいのなら、何も療養病床に固執することはない。よりグローバルに全体を見渡して効率を考えればよいのだ。しかし、厚労省全体が平均在院日数短縮という約束の実施に号令がかかったものだから、すべてが療養病床削減というベクトルに変換され、硬直化した政策が行なわれているように感じる。もっとフレキシブルな対応があってもよいのではないだろうか。

 4月30日「急性期医療の今後のあり方に関する検討会」で行われたヒアリングでは、療養病床削減に対して見直しを求めた。療養病床が削減されると救命センターからの後方病床が減少し、患者の退院促進が不可能となり、ひいては救命センター自体の機能不全を引き起こすことになるという問題提起がなされた。当協会には、PAT(Post Acute Therapy)を十分にフォローできる機能を持った病院も数多く入会されており、希望会員を募り、急性期連携委員会で高度急性期医療の実際的連携強化に動こうと思っている。期せずして療養病床中心の慢性期医療の必要性を高度急性期側から要請されており、まさに相思相愛の関係を作っていかなければならない。それには、何より療養病床側の医療機能の向上がポイントとなる。共に連携の勉強し、推進していく姿勢が必要である。

 原稿を書いている今は、ちょうど後期高齢者医療制度の問題点が噴出しており、国民の反発もピークに達している感がある。マスコミも連日のように特集を組んでいる。しかし、政府にもしっかりとした信念があるらしい。いくら世間が騒ごうが、どうも仕組みを変えるつもりはないようで、頑に初志貫徹の方針である。衆愚政治にまどわされない一本筋の通った方針は、一部では評価されているかもしれない。当協会は、後期高齢者医療制度には当初より反対しており、基本的人権を守るという立場からしても、年齢により医療に差をつけることは憲法違反であると、平成19年4月に表明している。事ほど左様に憲法違反の疑いも考えられるほどの差別政策を頑迷に、強力に推進してみなければならない政府の苦労も分からないわけではない。近い将来には、空恐ろしい現実が見えているであろう。野党のように、廃止だけを主張し対策を出さないのは卑怯だと非難する人たちもいるが、医療を提供する我々も国民も政府も、1回立ち止まって冷静に話し合い、より良い制度にしなければならない。責任は全国民にある。

 ともかくも後期高齢者医療制度は、すでに被保険者証も配布され、一応始まっている。年金からの天引きも行われている。そして何よりも診療報酬は4月から新しくなっている。すでに4月分の請求は終わっているのだ。走り出した制度をいつ廃止するかは別として、今のところは制度と共に我々も走っていかねばならない。

 さて、診療報酬の詳細は他項に譲るとして、とにかく在宅関連の報酬は大幅に改善された。訪問看護も久しぶりに評価された。それにしても、診療所に対する強い期待を込めた改定ともいえる。「笛吹けど踊らず」とならなければよいが、現時点での動きは少ない。意識の改革には時間がかかるということであろう。診療所と高度急性期病院には強いメッセージを発しているものの、療養病床を持つ病院やケアミックスの中小病院の機能をこれほど矮小化した改定はないだろう。

 実際に地域医療の連携の中心となっているのは、全日病のいう地域一般病院や当協会の言っているPATを受ける慢性期病院であって、地域の多機能な中小病院の存在なしに地域医療は成立しないはずである。在宅を診療所にのみ託すという方針は、中小病院をあえて無視することから出た診療報酬体系であろう。有料老人ホーム、高専賃、グループホームなど居住系の入居者への訪問診療や、そこからの入院については大きく評価している。もはや中途半端なケアミックスの中小病院より、自宅ではないものの個室である居住系住居に移行することを推奨し、開業医をしてそこに往診誘導する施策というべきか、診療報酬による誘導ははっきりしたといえる。私は、これはむしろ良いことだと考えている。すなわち狭い汚い病院でいつまでも入院治療を受け続けるよりは、個室で自己を確立でき、そこに医療を届けてもらえるなら、そして費用もそれほど高くなければ、患者にとってこれほど良いことはないだろう。要は、これらの政策が成功するかどうかは、国民が何を選ぶかにかかっているのである。我々病院を経営している者にとっては、病院のもつ優先的機能が評価されるかどうかである。中途半端な機能では選んでもらう資格はないだろう。病院は病気の人を治療して、地域に帰って頂くという原点に帰するものである。

 さて、医療区分については点数が少し下げられている。さらに、よほど療養病床を信用していないのか、いろいろな評価用紙の記載を強要されているし、病棟での看護師の事務量軽減を求めてきたものの、かえって逆効果になったのかもしれない。何よりも、この医療区分による半定量的診療報酬は、それを守るコンプライアンスが大切である。全会員の協力をお願いしたい。それにしても区分の留意点や判定基準は複雑で分かり難いが、決められたことは誠実に守っていかなければならない。

 6月5日から約1ヶ月にかけて、全国5箇所で日本療養病床協会主催の医療区分適正実施研修会が行われる。是非多くの人に参加して頂き、正しい判定を行ってもらいたい。十分に患者を観察して早いうちに異常を発見して治療した方が、たとえ一時区分が上がっても、治療により短期間でまた区分1に回復することが多い。毎日の細かな観察が患者の重症化を防ぎ、軽快して退院できる基本であることを再確認し、日々の診療を行いたいものである。

 一方、介護療養型医療施設は、平成23年度末で無くなるという前提で進んでいる。当会会員の吉岡充先生(上川病院理事長)が中心となり、自民党に働きかけ「療養病床問題を考える国会議員の会」を立ち上げるなど、実に意欲的に活動して下さっている。多方面の方々からのヒアリングなどを通じて、議員の先生方に現実の現場感を知って頂く努力をされていることは、誠に頭が下がる思いである。然るに、厚労省は粛々と規定路線の上を歩んでいく方向性には変わりなく、なかなかこちらを向いて頂けていない。

 そのような中、介護療養型老健の介護単位が発表された。直接いろいろと交渉してきた立場からみても、出てきた単位数には正直言って驚いた。当会が要求した6:1、4:1体制もユニットケアも医師の関与も、項目としてはあるものの、規定の予想された点数の上にほんの少し、刺身のつまのようにわずかに加算されただけであった。人件費さえも賄える金額ではない。ということは、すでに担当課は平成21年4月介護報酬改定の一連のスケジュールの中に、1つの場所を創ったということであろう。21年度の社会保障費2,200億円の削減は介護報酬から捻出させられる覚悟が、すでに色濃く出ている。8年間も一生懸命コツコツと介護保険料を納めてきた80歳の人は、自分が要介護状態になる頃には、軽度要介護や介護予防に負担金を多く徴収され、入所も制限されることになりそうである。これは、あたかも年金をずっとかけてきて、当初の話では60歳になったら相当額の年金がもらえるはずだったのに、支給年齢を引き上げられた上、もらえる年金も減額されるという話と同じで、まるで詐欺である。漫才でなくとも「責任者出て来い!」と叫びたくなる気持ちが痛いほど分かる。

 しかし、厚労省も無い袖は振れない。それどころか、その無い袖までさらに短く切ってしまおうとしなければならない。すなわち、2,200億円の削減をすべて介護報酬で受け持つとしたら、21年改定を予想するだけで恐ろしい。本当に政府はまだ「人の命より道路が大切」というポリシーを続ける気なのであろうか。あきれるというより、むしろその信念の強さに感心してしまう思いである。その最悪の場合を規定した上での今回の介護療養型老健の単位発表であろうと思っている。今6:1、4:1で医師3人という体制で収支バランスの取れている介護療養型医療施設の単位数は、平成21年には限りなく今回の介護療養型老健の単位に近づけるのではないか。少なくとも、もしそういう状況になった場合、すなわち2,200億円をすべて介護保険がかぶれと言われたとしても、なんとか辻褄が合うように苦労して決めたということであろう。もし事態が好転して2,200億円の削減は中止となったなら、その時は、平成20年4月に決めた介護療養型老健の単位を平成21年4月に引き上げ、バランスを取れるわけである。はじめ少し良くて、後でまた下げるよりはこの方が受け入れられやすいと考えたのかもしれない。だから対峙するのは厚労省の担当課ではなく、もっと上層部での政治的判断次第である。

 この報酬では、平成21年3月までは全国の介護療養型医療施設は、1床たりとも介護療養型老健には転換しないだろう。逆に言えば、「今までは良かったから、良い医療と介護ができていた」ということである。一方、医療療養病床で医療区分1の割合の多い病院では、「医療区分1の患者数の分だけ介護療養型老健に転換しようか」という誘惑に駆られることとなる。すっかり病院でなくなってかまわないなら、そういう選択肢が前面に出てくる病院も散出するかもしれない。恐らく老健課としても、今年中にどんどん進むとは思っていないだろう。やはり、平成23年3月をゴールに決めての攻防と思われる。しかし、今後も高齢化はますます進む。急性期病院の患者は倍増する上に、急性期の平均在院日数を半減させるとすると、急性期治療は一応終了したものの行き場のない患者が急性期病院を占拠し、新しい患者が入院できなくなるような事態になることは目に見えている。医療区分1の割合が多い病院も介護療養型医療施設が主体の病院もよく考えて、これから増え続けるであろう対象患者、すなわちPATをフォローする慢性期ではあるものの、良質かつ高度な医療を提供することのできる体制を整えていく方針を立てるか、あるいは慢性期の後をみる介護施設へとシフトしていくべきかを決めなければならない。少なくともこの平成20年4月から21年3月までの間に、である。

 政府はPATを一般急性期病院や居住系施設で賄おうと考えているようであるが、患者の増加はそんな生易しいものでないことが今に分かる。仮に急性期病床を50万床として、その平均在院日数を14日とすると、そのPATの半分の25万人が平均3ヶ月回復期や慢性期病床で治療を受けることになる。そうすると、25万人の6倍もの病床が必要となるのである。実に恐ろしい試算となる。それほどの病床数は必要でなくとも、病床面積も廊下も広く、リハビリテーションの充実した療養環境の良い慢性期病床は、引く手あまたとなることは確実である。残念ながら、居住系住居が爆増したとしても、高度急性期病院での2週間の治療を終えた患者の平均的な病状から考えると、果たして何割の患者が利用できるかは、もう10年もしないうちに明らかになるであろう。実需として、回復期を含む慢性期病床の必要性は増すことはあっても減ることはないように思われる。現場の実態と国民の意識は強制的には変え難いものではないかと考える。
 
 

 

 

 
 

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